2019年にファッション業界が「世界第2位の汚染産業(the second most polluting industry)」として国連貿易開発会議(UNCTAD)に指摘されていることをご存知だろうか。石油業界に次ぐことに衝撃を覚えた人も少なくないだろう。
かつてファストファッションムーブメントを巻き起こした米大手ブランド・フォーエバー21が日本国内の店舗を閉店したのも2019年。大量生産・消費時代の終焉ともみえる事態を、ファッション業界は緊張感を持って迎えた。
同年のG7サミットでは、地球温暖化の阻止・生物多様性・海洋保護を柱にファッション協定が制定され、150近いブランドが署名したことも話題になった(なお、日本国内のブランドは参加していない)。いよいよ国の垣根を超えて向き合うべき課題となったといえる。
そのようなターニングポイントを経て「エシカル」があらゆる側面でキーワードになりつつある昨今。消費者である私たちにとっても、耳馴染みのある言葉になってきた。
素材のプロとして、エシカルと徹底して向き合う企業
日本国内を見渡すと、エシカルと向き合えていないプレイヤーはまだまだ多いように見えるなか、サステナビリティの観点から様々な切り口でアクションしている企業がある。
三井物産グループの繊維専門商社である三井物産アイ・ファッション(以下MIF)だ。
数多くのブランドをパートナーに抱える同社は、機能性素材の開発やOEM/ODM提案のプロフェッショナルとしてエシカル素材の商品化や、それらを活用した自社D2Cを4ブランドの展開に加え、サンプルのデジタル化によるDX事業にもいち早く参入している。
中心人物であるMD企画部マーケティング室の米﨑さんに話をうかがった。
もくじ
MIFにとって、エシカルとは何ですか?
昨今注目されているキーワードですが、僕たちとしては「当たり前のこと」です。全社的に“STAY ETHICAL”を提唱し続けているのも、その意識の現れ。
「なにをもってエシカルというか」は複雑で難しいですが、お取引先様のバックボーンはもちろん、素材や新規事業まで「持続可能=サステナブルなものであるかどうか」を強く意識し、徹底しています。
エシカルって、お金がかかるんです
エシカルを意識するぶん、いままでと同じ方法でつくられた素材とは別のお金がかかっています。
原材料の調達や検証、生産背景の整備なども、きちんとコストをかけ厳選しているがゆえにコストがかかるのは、僕たちも身にしみて理解しています。
エシカルはどうしてもお金がかかる。ではエシカルにこだわることのメリットや、背景とは?
「エシカルな製品を取り入れていくことは、 いまや業界及び社会全体で取り組むべき責任」と考える同社だからこそ、一歩踏み込んで、その必要性やストーリーを消費者に向けて発信する取り組みにも力を入れている。
webや店頭から、消費者に問題提起する『CLOTH APP(クロスアプリ)』
環境や人にやさしいテキスタイル群『CLOTH APP GREEN(クロスアプリグリーン)』“の開発と、その背景やストーリーの発信を担う仕組み『クロスアプリ』だ。
スタートはMIFがエシカル素材を強く意識し始めた2020年、素材からの問題提起が始まった。
エシカル素材やサステナビリティの話って、大上段に構えていて、難しくてイヤなんですよね……(笑)。
「マニアックで難しくてとっつきづらい感じを、面白くできたらいいよね」
という思いで、「何がいま問題になっていて、どんな行動が必要か」を、webサイトからキャラクターの会話形式で発信しています。
これらのwebコンテンツにアクセスできるQRコードを入れた下げ札(タグ)も作りました。『EMODA(エモダ)』など取引先ブランドでも、クロスアプリグリーンのテキスタイルを使ったアイテムに採用されています。
ユーザーの方にも、エシカル素材を自分事化していただけるといいなと思っています。
商社だからこそ分かることを、丁寧に伝えたい
商社の強みは生産現場の全て、「誰が何をやっているか」のトレーサビリティを全て分かっていることです。
それこそが僕たちの発信できることだと思っているので、常に「エシカル製品の価値を分かっていただこうとする姿勢」を持ち、やり続けないと立場がありません。
今の若いコンシューマーの方からは、Instagramアカウントからエシカルについてお問い合わせをいただくなど、「一歩踏み込んだこと、もうちょっと詳しいことを積極的に知りたい」という雰囲気も感じます。だからこそ、丁寧に伝えていきたいです。
目標設定は、認知度を超えて「エシカルで選ばれる」こと
ロスアプリが始まった2017年は浸透を図る意味で「下げ札の使用10万枚」を目標に設定していました。すぐ達成したので見直され、現在はサイトの流入数や、Instagramアカウントのフォロワー数をKPIに置き、「取り組み自体の認知度が上がること」に向かっています。
「エシカル素材のことならMIFに聞け」という立ち位置にどこまでたどり着けるかが、最終的なゴールだと思っています。
「消費者に選ばれる素材」になるために、責任を持つ
クロスアプリやクロスアプリグリーン自体もそんなに知名度がないし、知ってもらうことに力を割かないといけません。
地球と人にやさしい素材・商品があったとしても、消費者としては値段やデザインに重きを置きがちですし、ブランドも同じくであることは、我々も重々承知しています。
選ばれるのが難しいからこそ、自分たちから責任をもって問いかけなくてはいけない。そのような課題もあり、自社でD2Cブランドを立ち上げた経緯があります。
エシカル素材の採用・サステナビリティを体現した、4つのブランド
MIFには現在、環境や動物、人にやさしいエシカル素材や取り組みを採用したD2Cの4ブランドが揃う。
『ANNUAL(アニュアル)』
ミュールジング(羊の臀部の皮を剥ぐ行為)を行わないニュージーランド産メリノウールを主原料とし、回収・再資源化まで行うデイリーウエアブランド
『Annaut(アンノウト)』
デニムの裁断くずから作られた生地を採用し、回収・再資源化まで行うデニムウエアブランド
『WA.CLOTH ESSENTIAL(ワクロスエッセンシャル)』
夏は涼しく冬は暖かい快適性を備え、生分解可能で原料生産時の環境負荷が少ない紙糸から作られた繊維を使用したウエアブランド
『MALIBU SHIRTS(マリブシャツ)』
アメリカ・カリフォルニア発のサーフブランドのライセンス事業。海洋廃棄物を原料とする再生ポリエステル素材を自社開発し使用している。
自ら背中を見せたら、クライアントの反応が一変
これらのD2Cを真剣に取り組むことで、クライアントのエシカル素材への反応が確実に変わった実感があるという。
商社は悪く言えば“売って終わり”のビジネスモデル。
自分たちで本気でやり続けることこそが、クライアントにとっては「間違いないんだ」という説得力になります。それを見て「やってみたい」と声が増えるのだと思います。
クライアントを巻き込み、消費者にアプローチ
「店舗で、御社ブランドを取り扱いたい」と声がかかることも増えてきた。
例えばアニュアルは2年連続で『SHIPS(シップス)』の別注アイテムを販売していますし、アンノウトも「素材を使わせてください!」とお声がけいただくことが本当に多い。
なかには「ワクロスの素材をもっと有名にして、買いやすくしてください」なんてリクエストもあり、「よっしゃあ」って気持ちになります。
商社として素材のプレゼンスを上げ、企業に積極的に選ばれるブランド・素材になることで、いよいよ消費者のメリットが生まれる。
量が出てくれば価格が少しずつ下がり、コンシューマーの方に還元できる部分が非常に大きくなってきます。そのためにも、D2Cはすごく必要だと思っているんです。
ブランドの負担を減らすことが、エシカルへの第一歩
ブランド単体でエシカルなアクションに踏み切るには、資金も勇気も要るが、MIFのように自らエシカルのアクセラレーターとなり、ある種“相乗り”しやすい環境やシステムを生み出す存在によって、少しずつそのハードルが下げられているように見える。
例えば、クロスアプリグリーンで扱うエシカル素材をブランド単体で作るとしたら、知識や、ロットの面でも大変だと思います。
ブランドから「この素材でこんなアイテムを作れない?」「一緒にこんな取り組みはできる?」とエシカル関連の引き合いも増えつつあり、協業の動きが作れていると感じます。
協業から見える、新たなトレンドの兆し
エシカル周辺で盛んになりつつある協業から、今後トレンドになりそうな領域を尋ねた。
在庫過多の問題はコロナ禍以前から意識されているので、クラウドファンディングなどのプラットフォームと協力する先行販売や、『NORTH FACE(ノースフェイス)』さんが取り組んでいる、3Dスキャニングのシステムを活用したカスタマイズオーダーサービスなどは、今後さまざまなブランドで盛んになるのではと思っています。
エシカルの発想から生まれた、新しいビジネスって?
必要量のみ生産しようとする動きの中では、米﨑さんらが中心となって立ち上げた子会社『DIGITALCLOTHING(デジタルクロージング)』による3Dサンプル作製事業が非常に好調で、クライアントのDXにも貢献している。
展示会の度に、多いと1000着ほどのサンプルを作っていたんです。大半は採用されずに廃棄になり、廃棄してから「見せて」と言われ再製作……の繰り返し。デジタル化できないかとずっと思っていたのがきっかけです。
資源やコストの削減になるだけでなく、さまざまな体型のアバターに着せ付けることで、シルエットや肌へのあたりを精度高く検証できたり、ECサイトでも活用しささげ業務の負荷を軽減したりと、その使途は幅広い。
この事業を始めて、小売企業のニーズの理解にもつながりました。
例えば「デジタルサンプルを活用して、ABテストをしてみたい」、「2パターンのデザインをインスタにUPして、反応のよかったほうのみ生産してはどうか」というアイデアなど、観点の違いから学ぶことも多いです。
商社のビジネスは数量勝負な側面もあり、必要な分だけ生産する流れに難しさも感じますが、こうした構造も変えていかないといけない。
D2Cブランドをやったことで、小売の利益構造に理解が深まった部分もあり、いい形で協業を生み出していける気がしています。
エシカルなビジネスは、手を取り合って作っていけたらいい
今まではコラボレーションというと「共同作業」でしたが、最近は、全く違う業種どうし全く新しいものを「共創する」動きが少しずつ増えてきていると感じます。
僕ら自身も、いろいろな団体・企業と協業の相談をしています。アバターの体型データについて業務提携を結んでいる日本女子大学の大塚研究室などがその一例です。
エシカルファッションがビジネスとして発展するために、日本に必要なことって?
国内の小売現場からは、「サステナブルなアイテムの魅力が伝わりにくく、販売が難しい」との声も聞かれる。
ファッション業界の海外事情にも詳しい米﨑さんの感覚からみても、海外のエシカルレベルを頂点としたときに、国内のそれは「3合目くらい」の感覚だという。
海外と日本ではコンシューマーの感覚が全く違うので、その差分も要因。作り手である企業と使う人との距離やギャップが、まだまだ日本はものすごく大きい。
お取引先様との会話でも「Z世代の若い子はエシカル・サステナブルへの意識は高いが、そのぶんリターンを求めてくる」とも話題になりました。
「エシカルやサステナブルなチョイス自体が、ファッショナブルである」という意識の底上げに加え、それによる分かりやすいメリットを消費者へどのように提案・還元できるかがカギとなりそうだ。
企業とコンシューマーの距離を極力埋めるための手立てを、まさに今模索しています。今年度中にwebサイトを立ち上げて、プラットフォーム化もしていきたいですし、新しいブランドの企画も進んでいます。
消費者の方々に丁寧に伝えていくことは商社の一番の苦手分野ですが、様々なプロフェッショナル人材の採用も進んでいます。力を入れてやっていかなければと思っています。
「テキスタイルのプロフェッショナル」としての枠を超え、ソフト・ハードの両面でエシカルに精力的な、MIFの今後にも注目していきたい。